So-net無料ブログ作成
検索選択
過去のお稽古 ブログトップ

久々に昔話 [過去のお稽古]

手書き文字が読めない!―は、私にとって珍しくない話です。
ものすごいクセ字なのです。
ラジオでプレゼントが当たって、住所と名前が読めない!とパーソナリティさんに叫ばれ(下の名前のローマ字表記が読めた)、慌てて住所印押したハガキを出したことも…えばれませんが。
それでも学生時代は、ノートに手紙、アルバイト先では注文書、連絡ノート、一応、意思疎通ができる程度には、文字、書けたのですが。
今はダメです。
頑張って書いた仕事のメモまで、相手に確認されたりします。
効率悪くなるから、極力手書きを避けて、ますます書くのがダメになる…。
こんな調子ですから、私の過去のお稽古に毛筆があるなんて、およそ信じてもらえません。
子どもの頃、3~4年やって、それなりに進級とかしていたのですが。
よく、算盤やお習字は身体が覚えるものだから、子どものうちに…とか言いますけれど、どうなのでしょうね?
もっとも、私は、単純に「お習字」に興味があって習わせてもらったので、字を上手に、なんて望みは抱かなかったのですが。
算盤は習ったことがないのですが、親戚で、算盤やっていたから暗算が早いという人がいます。
でも…。
確かに彼女の計算は速く正確、数字のとらえ方も鋭いのですが、あくまでもテクニックという印象で、あまり理論的ではないという印象を私は抱きました。
彼女の子どもに数学を教えたときに、一緒にゲームをしたりして、説明を試みたのですが、彼女は計算を素早くするための小手先の技をいっぱい知っていて、一般化した理論の説明をしたかった私としては、ポイントはそっちじゃないの、それは枝葉だから!と言いたくなることが何度かありました。
計算ができても数学や理系科目が得意になるとは限らない、とでも申しましょうか。
お習字を何年かやったからって字がうまくなるわけではない…なる人もいますけれど。
算盤やっていて理系に来た人って、計算が苦にならないから、余裕をもって理論に取り組めたという感じでもありました。
字を書くのが苦でなくなると書く機会が増えて、うまくなるのでしょうか。
お習字の思い出は、優しくて上品な先生、しゃっくりが止まらないともらえた飴、縁側から見える手入れされた緑の庭、いいと言われたものに名前を書く緊張感、正座が続かないという理由での休憩、…。
あれ?
1回のお稽古って、どういう区切りだったんだ?
決まった曜日に、先生のお宅にそれぞれが行くのだけれど、月に何回とだけ決まっていた、いわゆるフリータイム制だったように思います(確か週に3日くらい開いていたような)。
生徒は空いている席(座布団に正座だけど)について、お手本をもらって、書いては先生のところにもって行って直してもらって…提出できそうだと、先生は直しを書かず、月1回だったか、とにかく課題1つごとに1点選んで本部かどこかに提出していました。

しゃっくりでも、足のしびれでも、笑ってしまったりしても中断するお稽古だから、時間で区切られたわけはなく…何枚見てもらう、とか、先生の判断とか?
バレエはクラスごとに時間だったし、ピアノも基本的に時間だった(1人ずつで、正確に、ではなかったけれど)はずですね。
バレエは舞台があるとお稽古が増えるので、このフリータイムなお習字って行きやすかったはずです。
「おみあし」という言葉の存在を教えてくれたのも、お習字の先生です。
おかげさまで、その後、わが家の「おみおつけ」と、友人宅の「おつけ」が同一のものだと理解できました。
小学生の足を「おみあし」なんてサラッと言う人、そうそういませんよね。
字はダメだし、正座も安定してはできないままですが、いい経験にはなった…んじゃあないかな?
あと、今は、私の書き順、ひどいのですが、何となく、原則がわかるみたいで、書き順のクイズとかは、実際に自分が書く様のわりには、わかるほうかも…これは書道のおかげだと思います。
筆で書いたときに、妙な飛び出しなどが生じないような順番になっていることが多いように思うのですが、いかがでしょう?

楽器の経験をきかれました [過去のお稽古]

小さい頃にピアノを習ったけれども練習が嫌いで全然ダメ!と答えました
(ちなみに英会話の話題でした)。

うちには超年代物のピアノがあったのです。
どのくらいなのかは不明ですが、
色が黒ではなく、紫なんだか茶色なんだか、という何とも微妙な色で、左右の足が真っ直ぐではなく、きれいなカーブ(Sを長くのばしてから上を平らにした感じかな?)で
そして何より
ほかのピアノに比べて上も下も2音ずつくらい鍵盤が少ない!
という、いつの時代につくられたんだか…なシロモノでした。
親戚が購入した時点で、当然中古、それを母がさらに買い取ったのですからずいぶん酷使されたものですね。

ほかのピアノに触れて、うちのピアノは、非常にタッチが軽かったと気づきました。
ペダルも2つだったし、弱めるほうのペダルの固定もできませんでした。
そして困ったことに、特定の弦が頻繁に切れる!
合わせられる弦がなくて、いつも強引に音合わせしていたらしく、新しい弦を張って調整している最中にまで、その新品の弦が切れるという、調律師さん泣かせでした。
で、調律師さんの意見は、まっ2つ。
明治村に寄付しちゃいなさい!

大事にしなさいね~。

ピアノをやめて以降も、何だかんだと遊びに使われて、テレビ映画の曲をとる(譜面買わないで、耳で覚えてメロディーだけを採譜したりしていた)ことや、弾ける友人とのお遊びや…まさに酷使(笑)。
エレクトーンなどオルガン系から鍵盤楽器をはじめた人には、ピアノのクセに妙に軽い鍵盤が比較的使いやすかったかもしれません。

弾かないと音が狂いますから、私や友人が遊ばなくなって以降、たまに鳴らすと、素人の耳でもハッキリわかるくらいに、激しく狂ってました。
親が引越を機会に処分したように思います。
多分、わが家で20年。
その後はなかったんじゃあないかしら?と思います。

音感もリズム感もアウトな私…。
ピアノをやって残ったものは…うーん…
普通に譜面は読めます。
最低限の楽典はやりました(だから中学での筆記試験では、あまり苦労しませんでした)。
あとは…
ピアニストさんをものすごく尊敬できます!


そう言えば… [過去のお稽古]

印象薄かったのですが
習ってました、過去にも英語


子どもの宿題の話を友人がするのと、
嫌なニュースをTVで見て思い出しました。

家で勉強するのが嫌いな私なので(?)
親に宿題の内容にダメ出しされた覚えがなく
それ以前に宿題をやらない子どもだったので
「やりなさい」ばかり言われていました。
ただ、それもいくつまでだっけ…と考えたところ
中1の頃、近所に高校の英語の非常勤講師をやっていた人がいて
数人で習いに行くのに
いつも私は(その英語の)宿題を
出かける準備と並行してやっていて
母親に、前もってやっておけと
当たり前の小言を言われていたのでした。

多分、そのくらいまでではなかったかと…。
父親が、酔うと、数学と英語だけはさぼるなと言ったかなぁ。
数学と英文法は、一応、得意な方だったから、父の言うことは結果的には守ったことにもなりましょうが、
英単語がとことん苦手でした。
これは、今でも同じです。
文法の間違いには、わりとすぐに気づくし、
どうすれば正しい文章になるかも
わりとわかる方なのですが
語彙の乏しさと、それゆえに生じる考えている時間…。
反応が遅くて、弱点は流暢さだと飽きるほど言われております。

さて、で、記憶をたどるのですが、
どのくらいの期間習って、
どうしてやめたのか、全然思い出せません。
先生は海外の経験のある日本人女性で、
毎回、自分の英語を録音するための
カセットデッキ持参で
習いに行っていたし、
参考書問題集か、とにかく宿題を指定できるものはあったので
読む、書く、話す、を一応はやったはず…中1レベルですけど。
学校での英語の成績や入試での成績は
悪くはなかったので
多分、英語という科目に慣れるための
短期のお稽古だったのだと思います。

記憶も曖昧なので、説得力が全然ないですけど
親に宿題の内容に口出しされた記憶…
ないのです、考えてみても。
お稽古事も最初に興味を抱いた旨、
言っていたのは、基本的に自分でした。
根気の問題で、ぐずぐずしたり
サボったりすればしかられましたが
親の趣味や考えでやったことはほとんどないのです。
宿題の内容、相談すれば答えてはくれた(母親は文系で彼女の本もかりた覚えがある)
と思いますが、ダメ出しは受けてないし
私が相談しなければ、特に中学以降はほったらかしだったような…。
中学の途中からは、自分の志望はこうで、
だから、こうしたいのだけど
お金を出してくれる?
が、主な相談でした(笑)。

子どもがキレたきっかけが、
宿題の内容への口出しだったり、
親がくっついて勉強教えたり…なんて
私の感覚ではあり得ない!
うちの父親、私よりも高学歴だけど
私の勉強なんてみてくれたことがないです。

宿題やらなくて、困るのは当人なんだし(でも、人生かけるほどのもんでもないとも思う…)、無理をしなくては入れない学校なんか行ったら、入ってからが大変だと思うのですよね。

無理をいつまで続ける覚悟なのかなぁ…?と思うニュースが多かった夏でした。

 


曲がるストローとフィンガーチョコ [過去のお稽古]

過去のお稽古に分類って間違ってませんよ。

バレエの話題ですが、子どもの頃の話ですから。

年に何度も舞台の機会のあるお教室でしたが、やはり、大きいのは、支部も巻き込んだ発表会でした。

大きなホールを借りて、衣装も、ほかの公演とかだとレンタルだったりするけれど、発表会では最低1着は毎年つくってました(つくらされてました?)。

幼稚園児時代が確か2曲。

その後は3曲だったり、4曲だったり。

それも、たいていは、数曲ひとまとめの中の1つを踊るので、オープニングとかコーダとかも加わって、けっこうあわただしいものでした。

で、タイトルに書いたのは、その発表会当日の必需品です。

朝から場あたり兼照明あわせ、みたいなリハーサル

客席から、先生の指示がマイクでとんできます。

その後で、確か、夕方から本番でした。

バレエの舞台に立つには、当然ながら、髪あげて(役によっては髪飾りつけて)、衣装着て、シューズはいて、メイクして、なんですよ。

主役踊るような上手なお姉さんも、ろくに演技もできない子どもとその親も、楽屋、舞台袖、舞台、を本当に行ったり来たりなんです。

リハーサル(いわゆるゲネ)は、場あたりを兼ねてはいますが、けっこう必死で踊ります。

だって舞台って広いのですもの。

スタジオの感覚が通用しないこともたくさんあります。

下手(しもて)にひっこんで、上手(かみて)から出て、なんて場合に、袖の暗い中、その通路を探しておたおたして、最後には走ってどうにか…なんてことも、コミックやドラマの中の話ではなく、実際に起きます。

本当に楽屋の前の廊下を必死で突っ走った経験、私にはあります。

当然ですが、きちんと食べないと大人も子どもももちません。

ほとんどまるまる1日ですから。

でも、子どもが多いと、メイクは、身のあいたときにさっさと…の流れ作業です。

ドウランメイクのきっちりとした唇、慣れていない人には描けないですし、子どもは、自分のドウランとか持っていなかったので(私が自分の道具を持つようになったのは、確か小学校の中学年が高学年)、唇を描いてしまったら、ものをかじれないのです。

で、曲がるストローとフィンガーチョコの出番となります。

メイクした後でも、水分やエネルギーを、場合によっては、立ったままでも摂取するため、後から考えると本当に「必要」なのです。

楽屋にいる人間の手って、メイクや着替え、縫い物(シューズのリボンや衣装のホックは本番には、縫いつけてました)、シューズの準備やカバー(楽屋の床に上がるのに、シューズの上から大きなソックスを履いたり、廊下のワックスやゴミを舞台に持ち込まないためにカバーしたり…)などなど、ゆっくり休めていることが多くない…まぁ、あまりキレイではないわけです。

もちろん、ウェットティッシュとかおてふきとかも持っていましたが、唇を塗る前に食べるお弁当も、包んだまま食べられるおにぎりにしてみたり。

お菓子も手でつかむものは敬遠されていました。

個包装、1口サイズ、包装の上からつかめるか、ポンと口に放り込めるもの…で、チョコやキャンディ派が多かったと思います。

しかも、当日の荷物って多いのです。

昔は、ロマンティックチュチュ(ふわっと長いスカートの衣装)の入るサイズで、衣装をいためる心配のないバッグがなくて、親が手作りしてくれました。

実は、バレエショップで売っているのですね。

電車の中で、有名バレエショップのロゴ入りの衣装袋を持った小学生らしき女の子を見たときには、私があなたの歳の頃に、その袋がほしかった…と思いました。

衣装のスカートって、絶対に折り目を入れてはいけないので、コンパクトになりようがありません。

普段のお稽古の服装(レオタード)も持って行ってましたね。

そんな状態で、いただきものとかをするわけです。

楽屋に来ているお母さんたちが、お互いに「みんなで」と持ち寄るお菓子は、食べる機会や時間がなければ、持ち帰りです。

皆、そのあたりは心得ていますから、生菓子や包装されていないものを持ってくる人はいないと思います。

多少荒く扱っても大丈夫なものでないと、困るのですよね。

見に来たクラスメイトから、お花をいただいたこともあります。

お教室によっては、それが禁止のところもあります(実際、私が最初にいたお教室では禁止だったらしく、楽屋にものが届いた記憶がないです)。

皆のところにお花が届く楽屋では、まったく来ないのはさびしいですけれど、実は、持って帰るのも、大変なのです。

そんな、裏(?)事情を知っている私は、大人になって舞台に出る人へのお祝い、お花にするときには、持ち帰りがしやすいか?を一応は考えますし、お菓子にするときには、個包装にこだわります。

楽屋の皆への「差し入れ」なら、小さめの甘いものかなぁ、と思います。

塩っけを重視する人もいますね、まる1日動きっぱなしの身体を思って。

衣装がレンタルの場合、持ち帰り不要の場合があるらしいですね。

それだと、ずいぶんラクだろうなぁ、と思います。

たぶん、昔は、そんなにいろんな業者さんとかなかったんだろうなぁ…。

コンビニとかもあって、楽屋必需品も、いろいろと変わってきていると思います。

さすがに、「フィンガーチョコ」を差し入れしたことはないですね(というか、今でも、売ってます?)。


通信教育は苦手 [過去のお稽古]

多分、昔から。
中学の頃に父の知人がくれたプリントも毎月たまってました、そういえば。
実は昨年、ある通信講座にトライしたのですが、8回コース、3回の課題提出でくじけました。
提出した3回だって期限に間に合ってませんでしたもの。
意志が弱いのですね。
自分で費用払えば変わるかな?なんて甘かった…。
高校時代、家で勉強したことがないと言って過言ではないです。
いつも図書館にこもってました。
大学でも、ノートに向かうのは、やはり図書館が多かったような…(頭の中だけは問題を考えてて夢にまで見たなんてこともあるけど)。
休みなどを利用しての習い事だって、フリータイム制でも、とにかく、通学する形でした。
友人で通信で大学を出た人がいます。
できる人にはできることなのだなぁ、と思います。
が、私には無理!を、部屋に残った通信教育教材を横目に改めて確認しています。

 


昔は80%返ってきました [過去のお稽古]

雇用保険を5年以上支払った人の、雇用促進に関係する習い事の費用です。
今は、もっと率が低いですよね。

私は、5年ちょっと払った時点で、DTP(デスクトップパブリッシング)のスクールに通いました。
フリータイム制(予約制)で、基本想定で、半年の講座でした。

と言っても、私にとって、PCは「文房具」。
しかも、DOSの世界→Winの世界という、「マックってハンバーガー?」みたいな身。
不定期通学で半年では、「Mac入門+DTP基礎」のようなコースが限界です。

見学して、スクール選んで、ハローワーク行って、必要書類を職場でもらって、再度ハローワーク行って(本当は1回です、私が必要書類を知らなかったから)、手続き。
授業料は、一応、払います(修了の証明を提出すると返ってくる)。

マシンがあいていれば、いつでも、何時間でもOK!というスクール(e-ラーニングですね)でしたので、仕事の合間をぬって、行けるときに詰め込んで、習ったのは

・Mac(確かOSが8だったか9だったか…)の基本操作
・イラレ(これは9だったと思う)の基本操作
・フォトショップバージョン…いくつだったっけ…?)ちょこっと
・クォーク(当時の主流で…バージョンが3だったはず)ほんの少し

です。
何とか半年以内に終えて、手続きをし、確か銀行振込でお金が返ってきました。
今、かろうじて使えるのはイラレを少しだけ、でしょうか
(結局、個人で買ったの、イラレのWin版だけですし、この中では)。

その後は、メルマガの「DTP駆け込み寺」を読んで、「ききかじり」状態です
(しかも、私には内容が難しくて、全然わからないことも多いのです、このメルマガ―基本的には、現場でDTPやっている人向けですから)。

すっかりソフトも変わって、Macなんか、OSの10で、派手に変わってしまって、時間とお金をかけて学んだことが使えているのかどうか、何とも謎ですが、イラレで開けるファイルなら、一応、そんなにはこわがらずにすみますから(機能使いきってないですが)、「モト」くらいはとっている…のだろうか…???

「DTP駆け込み寺」、わからないながらも楽しくてためになるメルマガです。
週1回ですから、よそのやり方を、ちょっと拝見、くらいの気持ちで登録しても、ちゃんと毎週、目を通せると思います。
ソフトのバージョンアップや、その普及の具合なんかも、話題にのぼるので、ユーザが実際どのバージョンあたりでいろいろやっているのかなぁ、なんてことも透けて見えます。
―もっとも、中身のしっかり「わかる」人の場合、私みたいに、ぼーっと読めないから、けっこう読むのに時間かかるのかも???

(微妙だけど、「共通テーマ」は「趣味」でいいのかな?別に資格とかとったわけではないし…)


ある意味はじめての「お稽古」 [過去のお稽古]

生まれてはじめてのお稽古ではなく、自分で稼いだお金でやったはじめてのお稽古の話です。

 

それは、ワープロ教室でした。

フリータイム(予約)制、10回程度(目的レベルまで行かなければ、無料延長)の小さなところでした。

学生時代のことです。

 

バイトをはじめて、そして、そのバイト代で通って身につけたのが、タッチタイピングです。

 

今なら、タイピング練習のソフトかなんかで独習って人が多いのでしょうか?

 

当時(…うーん…)、私、まだ自宅にPC持っていませんでした。

私の行ったワープロ教室も、なんでそんなに条件がよかったかというと、主婦層で、ワープロ入力できる人を確保したい会社かなんかがやっていたのですね。

ほとんどの生徒がかな入力のなか、事情を話して、ローマ字入力を習いました。

 

「事情」とは…

当時の私、理系の大学生でして、情報系ではなかったのですが、1年生からプログラムを組むような科目を選択可能でした。

計算機センターにこもって、方眼のノートに書いてきたプログラムを入力するのですが、ワープロあるいは英文タイプ経験者の入力は、とにかく速い!

で、短期でそれがマスターできるなら…と、通ってみました。

短いお稽古でした。

ほかの生徒さんと違って、その後入力の仕事を斡旋してもらったり、ワープロ検定受けたり…なんてことはしませんでしたが、身につけたことが、ずーっと役立っている、という、数少ないお稽古だったかも。

 

私の入力、決して速いほうではないですが、少なくとも、手書きで何か書くよりは、速いです。


過去のお稽古 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。